
冷麺の故郷は朝鮮半島北部で、高麗時代(918-1392)には既に庶民の家庭料理として食べられていた。地域により様々な種類の冷麺が存在するが、共通の特徴として麺にソバ粉を使用していることがあげられる。以下に代表的な冷麺である平壌冷麺とハムン冷麺を紹介しよう。
スープは冬沈漬(大根の水漬けの汁)や牛スープ。麺はソバ粉が多めに使用されているため、ソウメンのような食感だ。
スープが無いためビビン冷麺とも呼ばれる。デンプンが多くコシの強い麺が特徴だ。
朝鮮半島で食べられていた冷麺が、いつ・どのような経緯で海を渡り島国日本へやってきたのか。そこには冷麺史に残る感動の物語があった。

上述したように、冷麺は朝鮮半島北部で生まれた。その後、庶民の食卓でさまざまな経験と苦労を重ねることで、人生の辛さ・酸っぱさ・深さを知り、現在の平壌冷麺へと成長することになる。

1950年代 冷麺に一大転機が訪れる。ハムン冷麺を知る青木さんが日本で食道園を開店し冷麺をメニューにのせたのだった。朝鮮半島の情熱の炎を感じさせる冷麺は、当時の盛岡で衝撃のデビューを飾った。

その後、長い下積み時代を経験し今の盛岡冷麺スタイルを確立した!そして冷麺はじわりじわりと盛岡で確固たる地位を築きはじめることとなる。

そして冷麺はお土産品化と激辛ブームという風にのって勢力を増し、広く全国に知られる麺となった。
歴史が分かれば今が分かる。盛岡冷麺のすべてを知りたいと願うあなたのために、盛岡冷麺の歴史を年表にまとめてみた。単に冷麺を食べるだけでなく、その味の裏側に隠された歴史までしっかりと味わってほしい。
| 時代 | 冷麺事件 | 冷麺文化 |
|---|---|---|
| 1954年 | 青木さんの牙城。食道園がオープンする | 店主の青木輝一さんが舌の記憶を頼りに、故郷の冷麺を再現して作った冷麺をメニューに載せる。その後、そば粉を使わないなどのアレンジが加えられる。この時点では表記は「平壌冷麺」 |
| 1959年 | 明月館オープン | |
| 1960年 | よかろオープン | 1965年 〜1975年 |
大同苑、雲龍、三千里、モランボン、ひげが相次いでオープン | 冷麺戦国時代の幕開け | 1975年 〜1985年 |
肉の米内、焼肉部、盛楼閣、ペコ&ペコがオープン | ペコ&ペコのCMが話題になり冷麺がさらに広く認知される | 1987年 | ぴょんぴょん舍がオープン | 前年に開催した「日本麺サミット」をきっかけに初めて「盛岡冷麺」という表記を看板に掲げる |
| 1988年 〜1990年 |
DAIMON、パウワウ、大将軍がオープン。 土産品「盛岡冷麺」発売 |
岩手県乾燥麺工業組合が土産品として盛岡冷麺を開発した |
| 1993年 | ビック5、彩月オープン | |
| 1995年 | カルロスがオープン。やまなか屋冷麺取扱い開始 | |
| 1999年 〜2000年 |
サンスポン、てんごくや、明明家、BOHDZ、五穀がオープン | 「盛岡冷麺」の生麺に本場・名産などの表示が認められる |